絶望という名のパスタ


デスペラート、すなわち絶望という名のパスタを食べた。注文するときに、デスペラートお願いします、と頼んだのだが、料理を運んできたウェイトレスは、「絶望のパスタ、お待たせしました」とたしかに言ったのだ。


あとで調べてみたら、にんにく、唐辛子、オリーブオイルといった必要最小限のもので作られているから、貧しさの象徴、したがって絶望、と呼ばれたとの説が有力だが、どうやらこのパスタは別名、アーリオ・オーリオともいうらしい。(ただし、アーリオ・オーリオとデスペラートは別物という説もある。)


アーリオ・オーリオ? どこかで聴いたことがあると思ったら、絲山秋子にそのタイトルの小説があった。『袋小路の男』に収録された作品で、38歳の男と、その姪の、14歳の女の子が文通する話である。これが今、読み返したらちょっと切ない。そういえば『袋小路の男』の中でいちばん好きな作品だった。


その語感からか、アーリオ・オーリオはこの小説で「光」を指している。もとは同じはずなのに、デスペラートとアーリオ・オーリオで、まったく違うイメージを連想するのは不思議だ。


袋小路の男 (講談社文庫)